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どうでもいいを見せる

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フィナンシェ、クロワッサンに続き、「伊勢丹フードの旅(一部)」もやってましたが、この中で特筆すべきだったのは「ビーフハヤシ」。 これ、絶妙にスパイスが効いてておいしかったです。 担当していた大規模イベント……それも、この職場での最後の大仕事を無事終えることができて、ホッとしております。 それの詳しい話は気が向いたらまたしますが、その影響もあって、この1週間はヘロヘロになって、日記どころじゃありませんでした。今日はただの貧血ですが、まだふらんふらんしております。 が、年始に誓ったことを思い出せジョー。 「ちゃんとやらないように、頑張る」 「頑張って『これ意味あるか?』を見せ続ける」 な、そう誓ったじゃないか。 というわけで、今日から再びこのように、できるだけ、どうでもいいことを書き続けられるように頑張ります。 いや違う、どうでもいいことを頑張るんじゃなくて、「どうでもいいから見せる」のをがんばるのだ。 というわけで、ヘロヘロをまずは回復させるべく寝ます。おやすみ!

クロワッサンの旅

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これが 「メゾンカイザー(新宿伊勢丹)」 つづいて 「ポール(新宿京王百貨店)」 そしてこれが 「ル ビアン(新宿小田急)」 昨日ちらっと書いていた「クロワッサンの旅」ですが、これは中止することにしました。 理由は「どれも美味しいよ」で、区別がつかなかったからです……。(あと、お金が結構かかる。) ただ、強いていうならカイザーが一番サクサクで「好み」だったような気がします。 昔は地元にも三越があったので、「ジョアン」で量り売りのミニクロワッサンを時々買っていたのですが、修論(現役時代)を書いてる時に夜中に一袋平らげて、それでも体重が増えるどころか、減っていたことをふと思い出しました。 脳みその消費カロリーってすごいんだな、と。だって深夜のクロワッサン一袋ペロリで、それでも痩せるとは。 そんな東京デイズも、あと1ヶ月と少しですので、まだやってないことを書き出しておきます。 日光東照宮に行く 近所の名店でひとり焼肉をする 「東京デイズ」と言いながら、いきなり栃木の話かい。 他に何かやりたいこと、行きたいところ、あったかな……気がついたら足しておきます。 でも、なんかピンと来ないんですよね、東京での暮らしが終わるって。また帰ってくるのかしら。 ところで、パンにしろ、フィナンシェにしろ、体重は大丈夫なのか、太らないのか、という話ですが、ここ数年、ちょっと変に痩せてしまったので実は少し増やしたいというのもあります。 週末、ちょっとした写真撮影を予定しているのです。 だからそれまでには増やしたい、 んだが、私は知っている。 体重って、「あとで」ドカンとくることを。(だから今頑張っても無駄。) その昔、研修旅行でドイツに行ったとき、たった1ヶ月の滞在でとんでもないことになったこと……そして帰国した時の私の姿を見てみんなが衝撃を受けたこと……今となってはいい思い出……。その話は、またいずれ。 ……って、この「いずれ」も溜まっていってるなあ。一つ一つ、消化していかねば。

飲まれない

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叔父に連れてってもらった高野山、から見た、富士山。 クロワッサンの旅の話を書こうと思っていたのですが、気がついたらこの週末は、そもそもあまり物を食べていないことに気づきました。 今、世界が大きく揺れ動いていて、いや、昨日今日に始まったことではなく、ずっとひどいことが続いていて、確か高畑勲監督が言っていたのだと思うけれど、「戦後なんてものはない、ずっと地球では戦争が起きている」という言葉がずっと響いていて、こういうとき、どういうふうに心を保てばいいのか、分かりません。 何より辛いのは、今、このとき、日本の政治家が、この暴力的な世界の動きを後押しする方に走っていきそうなことです。 普段私は、こうした時にいつも、起きていることに感情を動かさず、頭と言葉で理解しようと努めている気がしますし、実際それを可能にしていたように思っていましたが、この土日はニュースを追い続けすぎて頭の正常な状態がわからなくなってきていました。 そして、TLを流れる怒りや悲しみの間に、偶々流れてきた楽しい話題に笑いを誘われた瞬間、なんだか糸が切れたのか、涙がばらばらと溢れてきていました。その後、いつも聞いてる音楽を流していても同じ現象が。 凄惨な出来事を見聞きしたとき、私は分かりやすく落ち込むわけじゃないし、自分の情動が大きく動いている実感もありません。なのに、普段慣れ親しんだ、喜びを喚起するものをきっかけに、堰き止めていたはずの何かが心の扉を押し破ってくるような気がします。 それは今、目にしている地獄とのあまりの差に、心が勝手に反応するのか、それとも単純に「感じすぎると壊れる」という本能の防御が油断をする瞬間なのかは分かりませんが。 時々、この世こそが地獄なのではないか、という気持ちになります。 悪いことをしたら地獄に行くんじゃなくて、私たちは学び、修行をさせられるために、あまりに過酷な「ここ」にきているのではないか、と。 幸せになるために生まれてきた、なんて、嘘。こんなに残酷で痛くて苦しい場所、私は何度、嫌だと思ったかわからない。映画のかぐや姫みたいに「帰りたい」と思ったことも一度や二度じゃない。 でも、ここで学んで、それから帰らないといけないんだろう、と。そういう意味では、地獄というより、本当は多分、「学校」なのかもしれません。 フィナンシェの旅も、クロワッサンの旅も、自分が「今は」そういう世界...