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饅頭ヒューリスティック【後編】

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左があんころ餅、右が磯辺餅? 前回のつづきです。 「ヒューリスティック」 とは簡単に言えば、 「とりあえず先に進むために、ごちゃごちゃ論理的に考えないで、ざっくりと直感的に答えを出す」 という方法のことです。 何だって深く考える方がいいに決まってますけれど、全部にそれやってたら詰む場面だってありますよね。だからとりあえずざっと判断を下す。合っているかは別として。これがヒューリスティックです。 私の脳みその話に戻しますが、最中と大福は饅頭に統合されるのに、対象が人間の場合に限り、思考が深くなるのは、私にとって「行動の理由を概略処理することが気持ち悪いから」なのです。 愚痴聞きモードに入っている時でも、このバックグラウンド処理が常時、行われてる感じです。 例えば友人から、「うちの職場の人が嫌なやつで、腹がたつ」という愚痴を聞いたとする。そのとき私の脳みそは「なぜその人は、そういう行動を取るのか、背景にある要因は何か?」にいくのがもはや通常運転。 ただし愚痴った方が求めているのは、「嫌な人だねえ」という、あくまで「共感」。それは分かっているので、「バックグラウンド処理」なのですね。そのため、そういう場面では、「えー、ムカつくね」を伴いつつ、「しかしその人、なぜ、そういうことをするんだろうねー」と呟くことにしています。(呟くのかよ) そういえばその昔、職場の先輩から「伊藤忠」がどうのこうの、と話をふられて、私は「イトーチューってなんすか」って顔をし、盛大にバカにされたことがあります。 流石に今、伊藤忠と聞いてピンとこない、なんてことはありませんし(笑)、当時の自分の世間知らず具合も大概ひどいな、と思いますが。 でもそんな先輩が、「うぐいすって、本当にうぐいす餡の色をしてるんだね〜」って仰った際、私はすかさず「それ、メジロです」とつっこまずにはいられませんでした。 のみならず 、「うぐいすとメジロの区別がついてないのに、イトーチューを知ってたくらいで、偉そうにせんといて」 って、腹の中で悪態までつきました。 だがしかし、この世は理不尽なものでして。世間的には、「うぐいすとメジロの区別がついてる人」より、「伊藤忠を知ってる人」が勝ちなんですよね。釈然としないわ。 ……てな感じで。 要するに 人間ってみんな、自分の興味対象分野以外は、結構、雑に処理してるんじゃなかろうか。 という...

饅頭ヒューリスティック【前編】

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餅のような猫。 以前、職場の偉い人に「最中(もなか)」をいただいた際、私はお礼のメールに堂々と 「おまんじゅう、ありがとうございました!」 と書きました。 後になって、「違うわ、あれは最中だわ。」と気づきましたが、時すでに遅し。最中をくれた優しい方は、「おまんじゅうで疲れを癒してね。」とご返信くださっていたのです。訂正のタイミングを盛大に逃しました。 また、先日、日光に行ったときのツイートでも、私は大福の写真に堂々と「饅頭」と書いておりました。 どうやら私は、丸くてあんこが入っているものであれば、すべてを「饅頭」に集約してしまうらしいのです。一体なんなんですか、この適当すぎる認知のパターンは。 普段の私の脳みその動作仕様は、 「独裁者=ゴミクソ野郎といえば楽だろうし、行動に対するその評価に異論はない。しかしその人格形成に至った背景には、愛着の問題があるのではないだろうか」 「マウンティング行為=本人の意地の悪さと断じてしまえば楽だろう。だが個々の性格にだけ原因を求めてしまえば本質を見失う。背景にはアイデンティティの揺らぎがあるのではないか」 ……と、大体がこんな具合で、単純化された結論を出すことに疑問を持ち、細かく分析しながら常時動作してるわけなんですが、なぜか「丸くてあんこの入った和菓子」の認知においては、各々の境界が容易に消失させられ、すべてが「饅頭」に飲み込まれてしまいます。同様に、「練り切り」や「上生菓子」であれば、間違いなく「和菓子」もしくは「茶菓子」としか認識されません。 日光の旅の話でも、「食べ物もチェックしないで行っちゃう」と書きましたが、私は食事にあんまり興味がない……というわけではないものの、あまり脳のリソースを割かないようです。もちろん、美味しいものを食べるのは人並みに好きなはずなのですが。 ただ、人生における最大の関心の対象はどうやら「人間の心理構造」らしく、「独裁者=クソ野郎」「マウンティング=意地悪」という処理で終えることを拒む一方で、食べ物においては、最中も大福も、饅頭にサードインパクトするように、「似たようなカロリー摂取媒体」として概略処理してしまうようです。 おそらくですが、これは脳みそが心理構造分析モードでいつもフル稼働しているため、それ以外の面において、省エネをする必要があるのではないかと推察します。 よってここに、「饅頭補完計...

日光の旅【食べ歩き編】

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  今日は、昨日書きそびれた、日光の旅「お食事編」を書きます。 昨日の日記で書いた通り、今回は強行ツアーでした。 * * * 特急スペーシア日光1号 新宿(09時34分)→東武日光(11時31分) バスで「日光東照宮」へ (所要約2時間) 街ぶらぶら&食事 特急スペーシア日光4号 東武日光(16時38分)→新宿(18時35分) * * * こんな感じだったものですから、東照宮を出る頃には、ひもじさでぶっ倒れそうに(計画性が無さすぎる)。 そんなヘロヘロな私の目の前に、救世主のような 大福 屋さんが。 まあまあ列ができていたので、みなさん私のように、お昼を食いっぱぐれたお腹がすいてる民だな、と、勝手に「計画性ない仲間」扱いしてたのですが、後で知ったところによると、どうも単純に、人気の大福屋さんだったようです。 道理で、なんか妙においしいと思った。おいしかったのは、空腹のせいだけじゃなかった。 推しキャラグッズと旅先で写真撮影。今までやったことのなかったオタ活ができて満足です(笑) 周りを見ると、“ぬい”と写真を撮る民もたくさんいました。副音声も“ぬい”が発売されればいいのにな〜(自力で作るしかない?) この通り、東照宮を出た時点でお腹すきまくりのフラフラ、さらに足がガクガクの生まれたてのバンビ🦌だったので、近隣の世界遺産的な寺社は、潔く諦めました。 これもあとで知ったところによると、縁結びで有名な神社もあったようですが…………縁結び、なあ…………。これまで何度かそういう神社に行ったことあるけど……「悪縁斬り」ならしてもらえたことがあるな……。 「結び」の方は、私の金星土星のスクエアが強固らしくてなあ……なかなか発動しない……。 お昼ご飯が大福だけ、というわけにはいきませんので、名物の 湯波そば もいただきました。 栃木は「湯葉」じゃなくて 「湯波」 なんですね。いま知った。 かまぼこがうさぎさん🐇になってて可愛い。(うさぎよね?) 山菜も入っててもりだくさんです。 お蕎麦屋さんで一息ついてから、ひたすらぶらぶら歩いてたんですが、日光って水曜日、休みの店が多いんですね!? 食べ歩きしよう〜と思ってたのに、大半が閉まってた(笑) そんな中でも出会えた、大福に続く救世主がこちら。 日光プリン 様。なお、こちらのお店も、冬場は水曜日定休らしい……。 もうちょっと時...

日光の旅【東照宮編】

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昨日、やっと念願叶って「日光東照宮」に行ってきたので、そのお話を先に書きます。この写真は車窓の景色。 日光に行ったのは、栃木から通勤してる職場のおじさん(いつもコーヒーの紙カップを手に持ってくるので、「スタバおじさん」と心の中で呼んでいた)が、「東京に10年以上住んでて、日光に行ったことがないのはおかしいよ」とおっしゃるので、じゃあ行きますか、と、そんな感じからだったのですが。 世界情勢のこともあり、ここんとこずっと気持ちが晴れず、また、部屋もまだ片付いていないので、この状態で出かけていいのか〜と思ったりもしたのですが、新宿駅で「特急スペーシア日光」の乗り場を探す際にプチ迷子になったところから冒険気分がスタートしまして、 「あ、こういうちょっとした旅をもっとしておくべきだったな」 と思ったのでした。きっかけをくれたスタバおじさん、ありがとう。 (ちょっと古いスペーシア日光) お昼前の到着だし、夕方には現地を発つという強行ツアーだったので、東照宮だけ行ければいいや、という適当な感じで事前の勉強も何もしてなかったのですが、それはそれでよかったかも。 葵の御紋が目に入ると、水戸黄門のテーマが自然と脳内に流れ出します。 脳内で情報が連結している。 到着してすぐに、ご飯も食べず東照宮に向かったのですが、思いの外、入り組んでいて、全部見るのに2時間くらいかかりました。 先述の通り、予習なしだったもんですから、ひたすら前を歩く集団について行ってただけでして、気づいたら「徳川家康の墓」まで辿り着いていたという。 そして墓の近くでは、「ここまできた人しか買えないお守り」というのが売られてまして、私は「東照宮、商魂たくましいな!」と思いました。もちろん買ってない。 まあ言われてみれば、途中ですれ違う方々が、「上まで? 無理無理、もう帰りましょう」と言いながら引き返してましたね。みんながみんな行くわけではなかったのか。 私も今日は、脛とふくらはぎが、盛大に筋肉痛です。 道中の 「眠り猫」 。猫はやっぱり寝ているだけで仕事をしている。 そして勉強不足だったもんだから、うっかり 「三猿」 を見逃すところでした。帰りに存在に気がついた。危なかった。 猿の辺りでは、ちょうどどこかのツアーのガイドさんが説明をしてくれてる時間にあたりまして、後ろでひっそりお話を聞いていました。 このお猿、有名な「見...

「可愛い、優しい、育む」

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日々、引っ越し作業を行っております。 手放さなきゃならないものを「ジモティー」で、新たな持ち主の元へお送りしまくり。 今日までに、フラワースタンド、本棚、木箱などなど、いろんな方に引き取っていただきましたが、今日、受け取りに来てくれた方々はなぜか皆さん、とてもお若かった。 中でも、私が適当〜に育てていた「多肉植物」を引き取ってくれたのは優しげな男子学生さんで、お家に着いてから「大切に育てます!」というメッセージまで下さりました。なんていい子。しかもジブリとか世界名作劇場とかも大好きだとのこと。赤毛のアンのこともよく知っていた。気が合うじゃないか。 私、前からずっと思ってるんですが、「可愛い、優しい、育む」などの、これまで「女性的」ってされていたものを好きな男性って、本当は結構多いのではないか、と。 遠い昔、私には文通ならぬ、長文メールのやり取りをしていた埼玉在住の友人がいたのですが、そんな彼も「可愛くて優しいもの」が大好きな、線の細い男の子でした。ジブリもお好きだったらしい。 心理実習の時の先輩心理士(先輩だけど、私よりかなりお若かった)も、可愛いぬいぐるみ型のペンケース持ってたっけ。 最も身近なところで言えば、うちの弟も自分の結婚式で、当時流行っていた某妖怪猫のキャラクターをずらずら並べてたし。 (結婚式でその妖怪はどうなんだ……センス的な意味で……とは思いつつも……) そして以前もちょっと書きましたが、「文学フリマ」で私のブースに立ち寄ってくださる方って、半数が男性なんですよね。 私の本は表紙だけ見ると、水彩画のゆるキャラ、つまりいかにも「可愛い」だし、そこに水彩の「優しい」の印象も加わる。ステレオタイプに囚われて言えば、「女性的」と言われそうな感じの絵だと思います。 でも、繰り返しますが、買ってくださる方の半数は、男性なんです。 こうした経験があるから、私の中には「“可愛い”とか“優しい”とか“育てる”とかは、女性の専有物ではない」という思いがあります。 「男の子は強く、勇ましくある“べき”」なんて大昔の話。そしてそんな大昔にも、「可愛い」が好きな男の子は絶対いたはず。 そして今、この現代では、「誰もが好きなものを、好きなだけ、好きと言える世界である“べき”」だよなあ、と。 でも、それをわざわざこうして言葉にしようと思うあたり、私も「それが自然なことではなかっ...

発送中

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今日は眼科に行ってたので、目が猫🐱になっています(要するに瞳孔が開いている)。 やっと落ち着いてきて、ちょっと字が見えるようになってきました。 * * * 日々、荷物を選別して搬出しております。 今回はもう、家電もほとんど処分するので、単身引っ越しパックと普通の宅急便とどっちが安いか悩み、結局、宅急便でひたすら送る方を選びました。 が、通信大学受講時の本が多くて、このままいくと宅急便の合計金額が、単身パックの料金に到達してしまう。 それだけは絶っっっっっっっ対に許せないので、「ジモティー」「リサイクルショップ」「フリマアプリ」、それでもダメなら「粗大ゴミ」に出してガンガンものを減らしています。 ツイッターさんでもちょっと呟きました通り、2017年に前代未聞の大規模断捨離をしているので、それほどものはないと思ってましたが、やはり出る出る、いろいろあるある。 まあ、問答無用で手放さざるを得ないこの状況も、心機一転のいいきっかけになってるのかも、と思います。(これから物資不足の時代が来るかもしれないので、本当に必要なものは残してますが……) 宅急便で送った荷物は、母が次々開けてくれているのですが、 母「なんで今更、『ベルばら』なんて買ったの?」 私「おもしろかったから」 母「表紙が童話に見えたみたいで、Kちゃん(※4歳の姪。弟の娘)が、『Kちゃん、これ読む〜』って言ってたから、『Kちゃんにはまだ難しいからね〜』って言ってるんだけど」 といった具合に、孫と開封作業をしているようなのです、 が、 誰か教えてください。 日記帳、および私が唯一持っている、4歳の姪にはまだ14年早いが私にはお宝の書籍は、どのタイミングで発送すべきなのでしょうか???

方言のさじ加減

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東京を来月の初旬に離れるので、部屋が凄まじいことになっています。 日記も書きたいことがわんさかあるんですが、この状態なのでどうにも筆が進まず。 でも、今年の抱負吹っ飛ばした状態をあんまりにも続けるのもいやなので、今日はリハビリがてら、どうでもいい話をします。 * * * 12年間の東京ライフの間、一応それなりに標準語に合わせて喋ってきてましたが、当然ながら実家だと、もろに鹿児島弁に引っ張られます。 その上最近では、地元の知人友人と話す時の「家族相手ほどではない、ほんのり鹿児島弁」のさじ加減がわからなくて困っていました。 よく、「地元人に標準語で話すと、東京かぶれした、って思われる」なんていいますが、私はもはやそういうレベルじゃなくて、「どっちで話せばいいのか混乱状態」だったのです。 中でも最も難しかったのが、東京在住の叔父一家と話す時です。 叔父一家の家族構成はこんな感じです。 叔父 : 父の弟。鹿児島出身。ただし大学以降はずっと県外〜東京〜海外。 叔母 : 福岡出身。 従姉妹: 東京生まれ。幼少期は東南アジア在住。ママに引っ張られて割と福岡風の話し方をする。 私が子供の頃は、叔父一家側が鹿児島へ帰省してきた時に会うだけだったので、当然、鹿児島弁で話してたわけですよ。 でも東京で会う今、私は何語で話すのが正解なんですか。 18歳で鹿児島を出た叔父も、もう鹿児島弁ではない。でもここで標準語を使えば「お前、昔は鹿児島弁だったじゃん、なに“よかぶってる”んだ」感がある。(※よかぶる=カッコつける、の鹿児島弁) その上、脳内でも「おまえ、鹿児島出身だろ」って、メタ自分がツッコミを入れにくる。 でも、バリバリ鹿児島弁で話すと、「なんで東京で一人だけそれ?」感が出る。 で、結果、パニック。 東京出身の人たちに時々「どうやって方言と標準語を使い分けてるの?」と聞かれてましたが、基本は「自動切り替え」です。引っ張られる、と言った方がいい。 でも、叔父一家の時は、完全に壊れたPC状態です。 12年間、ずっと正解がわからなかったわあ。