占星術の「中立」
羽田空港リムジンバスからの景色。 私は占星術は好き、というか「星に示されているものは確かにあるんだな」と感じている人間ですので、ブログも色々読んでいましたが、最近ちょっと引っ掛かることが出てきました。 その一つが、執筆者自身の信条を明確にしないまま、あるいは「中立」を明言しながら書かれた、政治家のホロスコープ分析ブログです。 例えば、 「〇〇党の党首が持つこの星の配置には、偉業を成し遂げるという意味がある」 と書かれた記事があったとして。これは果たして本当に「読み手への誘導を伴わない、中立な記事」と断言できるのかな、と。 前提として、占星術ブログの読者は「占星術を好む人」なんですよね。 つまり、「信じない」という選択肢を持つ人は、そもそも読みに来ない。 そう考えた時、星の専門家を名乗る人に、「この政治家は、偉業を成し遂げる」と言われたら、多くの“素人読者”は簡単に納得しちゃうんじゃないかと思います。 分析ブログ全てが悪いって話じゃないんですよ。 例えば「私は政治についてこういう理念を持っている。その私がこの政治家の星はこうだと思う」という前置きでもあれば、読み手だって心構えができる。 けれど「これは星読みの記事であって、政治的誘導ではない」と言えば言うほど、その記事は十分に「専門家の未来予想」の顔をした、「マイクロプロパガンダ」になるはず。 金融界隈の誰かの発言一つで株価が大変動するように、占星術だってその界隈においては、読み手の投票先を左右する力を持っていると思うのです。 いっそ書き手がその影響を認識した上で書いているのであれば……私はその行為自体を全く肯定はしないけれど、矛盾はないと思う。 けれど、その認識を持たず、「これは星読みである。政治的主張ではない」と疑いなく書いているのなら、そこには「中立」という言葉への認識のずれと、「専門家」という立場への意識の低さがあるんじゃないだろうか。 それは「占い」という科学的証明が困難で賛否があるものであっても関係なく、むしろ自分の仕事に真摯でありたいと思う人ほど、自分の言葉がもたらす影響に自覚的かつ誠実であってほしいなあ、と。 そういうことをここんところ、モヤモヤモヤモヤと考えていました。 気が向いたら続きます。