副音声カウントダウン[1]
精神科医のウォルピが考えた「系統的脱感作法」は、ざっくりいうと、「不安のレベル段階表」を作って、下から順に克服していく行動療法です。
例えば、高所恐怖症の人だったら、
まず、体を緩める方法(この場合は「呼吸法」)を習得し、
level1 呼吸法しながら、高所の写真を見て、
level2 呼吸法しながら、2階のベランダから下を見て、
みたいに段階を上げていき、最終的に「level最大:高所のゆらゆら吊り橋の上で風に吹かれて30分耐久チャレンジ」をクリアしよう、ということです。いや、そこまで求めてない。
また、「暴露療法」というのは、不安に自分を晒して慣れていく、という方法です。特に、最初から最大級に怖いやつに触れる過激派なやり方のことを「フラッディング」と言います。
高所恐怖症の例で言えば、いきなり「吊り橋30分チャレンジ」に突撃してしまえば、2階のベランダなんてへのカッパになるだろう、という感じですね。拷問。
今回私がやってた「30回のカウントダウンお絵描き」も、これらの行動療法的だったなあと思います。
始めるにあたって、「時間の限界もあるし、ラフでいいと割り切ろう」という、あえての逃げの姿勢を自分に許すことを前提にしました。それくらいのゆるさなら、できるだろう、と。
ですが次第に、「もっといい感じに描きたい」という欲が出てきて、徐々に、「ラフじゃない、私らしさのある絵を人様に見せる? それが何?」スタンスへと変わっていきました。
その様はまさに、不安階層を一段、一段あがっていく、「系統的脱感作法」的だったと思います。
(「21話の思い出」あたりから、特にむくむくとそれが出てきました。そして「3話の思い出」「2話の思い出」あたりの絵は、その変化の集大成的だなあと思います。)
また何より、今回、公開していたのは、ただの自分のお絵描きじゃなく、「ファンアート」です。
すっかり鈍った腕で描く絵を人目に晒すだけでも恥ずかしいのに、もしかしたら、作者様にだって見られてもおかしくない場所(SNSというのはそういう場所と覚悟すべし!)で、「ファンアートを公開する」というのは、私にとってはそれこそ「吊り橋チャレンジ」レベル。
でもそれをやり遂げたわけですから、ここから先、どんな絵を公開することになってももう、「で、だからどうした? オレは吊り橋渡ってきたぞ」モードになれる。そんな「フラッディング」的な効果もあったわけです。
そもそも、私はこの漫画のファンになった時、上の絵にもあるように、「夕鶴のおつうマインドで応援していこう」と決めていたはずでした。
鶴が機を織るように、「作者様に見られないように。バレないように。認知されないように」と。
どうしてそのマインドだったのかは、実は今となってはよく分かりません。日頃、漫画や本の感想を呟くときは、割と躊躇なくタグをつけるのに。
まあ結局、ある段階で「鶴、ここで織ってます!」って襖あけてババーン!って飛び出しちゃいましたけれど(笑)
でもそんなスタンスでいた読者がファンアート30回カウントダウンって、もう「どうしてこうなった?」状態です。
こうして考えてみると、この漫画は私にとって全てが規格外でした。
いつもは群像劇が好きで、恋愛ものはそんなに興味がなくて、特に大人なシーンは割と読み飛ばすし、BL英才教育からも外れてる人間だし、読んだとしてもサラリーマンものより青春ものの方が引っかかりやすいし、ドラマCDだって苦手だったし、好みの漫画のキャラはいつも黒髪ストレート男子だったし。
でもこの作品は、黒髪ストレートではないサラリーマン二人の、大人な関係から始まるBLで。
にも関わらず私は出会ってすぐに「これは大変なものに出会った」と気づき、苦手だったはずのドラマCDも買い(しかもめちゃくちゃ面白かったし)、そして、野崎さんと西田くんと、副音声の世界に夢中になりました。
運命の人って「いつもの好みのタイプとは違うはずなのに、どうして気になるの」ってことが多いんだそうな。本当かどうかは知らないけれど。
でもこれはつまり、結局、「あなただけが特別」ってことなんだろう。
「いつも」なら平気なことが平気じゃなくなって、
逆にいつもなら到底できないことを可能にしてくれて、
「いつも」なら響かなかったことが大きな音で響いて、
全部が「いつも」と違いました。
「いつも」から飛び出した場所に、こんな素敵な「特別」が隠れていたんだな、と思いました。
たぶん、これから先も、いろんな漫画に出会うと思うし、感動することもあると思うけれど、こんなにたくさんのものをくれる漫画には、もう出会えないんじゃないかな。
未知の扉をたくさん開いて、導いてくれて、何よりもたくさんの幸せな気持ちをくれた作品です。
この漫画に出会えて、本当によかったと心から思います。
私は今も、これからも、この漫画が大好きです。
* * *
30回カウントダウンイラストは以上です!
この14枚をファンレターにしてお送りしようかと血迷った日もありました。私の理性がまだ息をしていてよかったです。クロネコヤマトの最大サイズ料金でも足りない“激おも便”がお届けされるところでした(気持ちの)。
本当はクロッキー帳の、鉛筆の生の筆致をお届けしてしまいたい気持ちはまだあるけれどもねえ〜〜〜。
ところで余談ですが。
上記の行動療法の説明が学術的に逸脱していないかどうか、AIにチェックしてもらってたところ、
AI「最大刺激が『スカイダイビング』だと不自然です。フラッディングは、恐怖対象そのものに『長時間さらされる』ことが重要です」
↓(もう〜。じゃあ「吊り橋」に変更)
AI「事実上の最大刺激が『level5 東京タワーの展望台』なのに、その後にさらに『吊り橋』が出てくるため、不安の階層構造が混乱します。」
↓(もー……。なら吊り橋の恐怖度をUPするか……)
AI「『壊れかけの吊り橋』は、危険度が高すぎます。フラッディングは『現実には安全な状況』で、『主観的不安が高い』状態が前提です。」
↓(……💢じゃあ「東京タワー展望台」をクビにして、最後を「高層ビルの屋上で風に吹かれて30分チャレンジ」でどうだよ)
AI「問題ありません」
私「文章としてつまんない!!!💢」
この繰り返しで、めちゃくちゃイライラしていました。
そんな紆余曲折の果てに結局、「しっかり怖くて、なんかやばい感じがしつつも、一応、生命の危険はないはずの場所」ということで「高所のゆらゆら吊り橋の上で風に吹かれて30分耐久チャレンジ」になりました。
が、今も正直、吊り橋は、オチとしてはイマイチだと思っています。
私は何をしているんだ? 心理学の勉強だよ!!

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