都会の象徴パン
猫の日なので、ダンくんの懐かしい、可愛い写真を掲載しておきます。
さて本文。昨日の続き。
東京に出てきたばかりの頃、とにかく謎だったのは、
「なんで、東京の女性はみんな、『DEAN & DELUCA』と書かれたトートバッグを持ち歩いてるんだ」
ということでした。
道ゆく女性が本当に揃いも揃ってあれを持っていたので、九州から出てきたばかりの私は、あれを持ってないことは、都会人としての沽券に関わるのか、もしくは「DEAN & DELUCA」とは、何かの信仰なのかと疑ったくらいでした。嘘、それは言い過ぎ。
結局この12年で私はあのトートを買うことはなかったのですが、今回、ランチの場所を探すにあたって、
「そうだ、せっかくだから、DEAN & DELUCAのカフェで食べよう。そして、私の最初の都会カルチャーショックの象徴だった、あのトートバッグを買おう」
そう、思い立ちました。
ただ、あいにく家を出たのが少し遅かったため、展示を見終わった頃にはランチタイムは終わっていました。
そのため私は「それならば、テイクアウトのパンを買って帰ろう」と考えました。
まあ、ランチでなくても別に構わないや。私の東京の思い出に「DEAN & DELUCA」が刻まれる。それで十分じゃないか、と。
ですが。
DEAN & DELUCAって……
店頭にパンが裸で……
つまり袋とかに入ってない野晒しのヤンチャなスタイルで……
出してありますよね……
コロナ禍を経た今でもあのスタイルなんですね……
しかも往来の激しい東京駅で……
あのパンデミックの数年で、スパコン富岳先生が、これでもか、これでもか、と見せてくれた飛沫の真実を脳内に叩き込まれてしまった私は、かつては平気だったはずの「裸パン」をもう買うことのできない人間になっていたんです。
神経質とでも何とでも言え。富岳が見せてくる景色には、北斎じゃなくてもビビらされたんだ。(唐突な浮世絵師伏線回収)
また、トートバッグの方も店頭でしばらく睨めっこしてたんですが
「別に……欲しくない気がする……」
東京に住んで12年。
私はもうあの頃のような、全てに感動できる感性の人間ではなくなっていた。
私にとってDEAN & DELUCAのトートは、都会の象徴でも憧れでもなく、ただの「なんか字が入ってる、なぜかちょっと高いバッグ」になっていたんです。(※ 12年前も別に憧れた記憶はないです。)
そんなわけで、結局12年間ずっと縁がなかったものには、最後まで縁がないものでして、私はDEAN & DELUCAで1円も落とさずに帰路につき、そして結局、
お高いパンはお高いパンでも、ガラスケースの中で淑やかに陳列していた「PAUL@新宿京王百貨店」のパンを買って帰ってきたのでした。
しかし、この3つで1800円。
12年住んでいても、東京の物価の高さという文化差には、毎度新鮮な気持ちで慄かされるものです。
とりあえず、PAULのパンは、言わずもがな、めちゃくちゃ美味しかったです。満足でした。
(おわり)


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